2011年04月18日

南紀すさみのブル、4月(11年) ブッチョと東北大震災−3

岩手県・大槌町でのボランティア活動記

福島で原発事故といっても和歌山まで離れていれば何の心配があるノって笑っていたらご主人から拳骨食らわされた。
なんでもマスコミは言わないけれど放射能風に乗ってあちこちに散らばって、沖縄だって飛んでいるそう。

ご主人の友人で電気に強い人がガイガーカウンター作って測ってみたら、未だ量は少ないながら2倍や3倍の数値が出たりしているんだって。

だからあの猪八戒の耳たぶ豚男が安全安心ばかり言いながら自分の子はシンガポールに避難させている、安全安心でどうして避難?
本当にバカ正直と思うよ。
TVの発表全て嘘ですよって言ってる訳なのに、マスメディアそこを突っ込みもしないから、こちらも癒着してますよって白状しているようなもの。

どことの癒着?東電はスポンサーだからこれはあり、それ以外にアメリカの影がちらちら
見えるってご主人言ってる。

下はご主人の大槌町行ったときのボランティア記。


8日から11日まで岩手県大槌町に和歌山県の社会福祉協議会のバス派遣が決まり、第1陣のボランティア20名が現地入りすることになった。

当初炊き出し500人分か1000人分持ち込んで友人と2人で行こうと画策したが、車の手配とガソリン補給が当時不明で、諦めてこちらに鞍替えしていくことにした。


8日の15時30分出発で、出発時点から雨で強まったり弱まったりの中運行、途中トイレ休憩15分が数回、食事の時は40分が夕食と朝食で2回、現地大槌町着が8時。
休憩含めて16時間半。
43人乗りのバスに22名、1名につきほぼ2名分の席だから、少しは楽のはずだが、手足伸ばせぬから矢張り熟睡は出来ぬ。

途中釜石から大槌にかけて、雨の中 TVで見た画面さながらの瓦礫の山に埋め尽くされた風景が延々と続いている。

P1010111-x.jpg
P1010095-x.jpg

このような場所ではユンボやブルドーザー等の重機でないと埒があかぬ。
でも昔の津波の被害の時は重機などないことゆえ随分大変だったで在ろうと推察。 

福祉センターの担当者が10時まで来ず2時間待ち、そこから出先の桜木地区のボランティアセンターに振られて、そこで支援先聞いていったのが10時半。
20名が4班に分かれて各指定先に散った。

P1010113-x.jpg

当方が入った1班は、2m近く水で押し寄せられた家で、屋内の壁や畳はすでに片付けられており、最も豪いところが自分たちでやらざるを得なかった訳だから、もっと早くに支援が要ったことだろう。

1日目は家の建物の周りの泥掻き、雨もあって其れこそ泥だらけの仕事。
土嚢袋持参で来ていて、その点大いに仕事になった。
雨で合羽の下が汗でずぶぬれになったが、お陰で土埃も無くマスクもゴーグルもせずとも済み大いに助かったが汗がへばりついたのが玉に瑕。

それにこの日の仕事は体にも良いようで、泳ぎの代わりになるぐらい体を痛めつけた。
今回の参加者22歳から69歳、当方が最高齢と言う。
そのことも在り若い者に負けていれば矢張り高齢者では無理と後々まで 高齢者メンバーから外されかねんという思いもあり、特に頑張っておいた。
多少頑張れたのは、勿論バタフライの日ごろの練習が役立った訳だろうが、畑仕事が役立ったことも忘れてはならぬ。
当方が借りた畑、家庭菜園にはちと大きい上、石ころだらけで 石掘り出したり、耕運機なしで鋤や鍬だけで頑張っているから、日ごろから鍛錬していることになっていることだろう。

宿泊地が遠方と在って、15時過ぎに終わって、被災地から離れた花巻のホテルに移動。距離もある上、道間違えたりで着いたの19時半。
タダ助かったのは出発前日震度6強の地震で東北全県 電気や水道止っていたのが、すでに復旧していて、シャワーどころか温泉に入れた。
上から下まで汗だらけの身としてはおお助かり。
でも被災地でテント生活で被災者の苦労味わうぐらいの方がボランティアの趣旨にはあっていそうに思う。
ホテルで食事は取れず、相も変わらずコンビニのおにぎりや、インスタントラーメン、ただ被災地考えれば其れも未だましかも。

出発の前日の7日の水泳練習後の体重61.6キロ、其れからの食事量など考えれば多分63キロ程度はあろうかと思ったが、宿の秤で測定したら何と61キロ。
相当脂肪減った上、大量の汗で2キロ程度体重押さえられたらしい。

翌日は晴れ 再び花巻7時出発で大槌町の桜木地区に9時半着、この日晴れていたこともあって昨日以上に延々と続く被災状況をつぶさに確認させられることに。
又暫し待って昨日の家にボランティアに入る。
朝のうち昨日の続きと、スチール製の物置小屋4つの移動でこれが結構思い、ここまで力仕事。

後は屋内の家具類のの泥の掃除や障子の和紙剥がしなどで殆ど力不要の仕事。
只本箱の本が浸かった泥水でふやけた上、棚板と本がこびリ着いて少々では離れてくれず
大いに困った。
昨日は体痛めつけたが本日はそれほどでもなく、タダ出たごみを、ゴミの集積場に持って行く時に多少力使った程度。

P1010135.JPG

昨日と代わって晴れたこともあって、流石にゴミの集積場は特有の異様な臭いがしていたが、作業環境はそんなことも無かった。
でもこうしてボランティアが入っている家は、まだまだ少しで今後相当な数のボランティアが今後必要とされるだろう。

前日泊まったホテルが、帰途に風呂入りに寄って良いと言ってくれ、流石に皆さん喜んでいた。
このとき測った体重62.5キロと、この時点で昨日より1.5キロも増加。
ボランティアに備えて、炭水化物ばかり食事でとっていた上、余り汗かくような仕事をしなかった為の様である。

P1010140-x.jpg

16時近くに大槌町出発して、釜石の港の横をバスが通ってくれ津波の破壊振りを目の当たりにすることとなった。
大きな防波堤がひっくり返されて腹を見せていたり、横向いていたりと津波のエネルギーの凄さを思い知った。

P1010151-x.jpg
P1010152-x.jpg

南紀の地の台風の高波対策用の防波堤なぞひとたまりも無い、災害対策としては大いに参考になる見聞であった、百聞一見にしかずである。

行きの反対をひたすら走って北陸道周りで、和歌山着が翌朝の9時半。

帰着の翌日(12日)串本のプールに練習に行ったが、練習前に体組成計測って驚いた。
なんと65.4キロ、1日目が61キロ、2日目が62.5キロ、そこから帰途に食った分の蓄積と翌日の食事がそれだけ効いたのか、それともホテルの体重計が少し狂っていたのか、今と成っては調べようもない。。

いずれにせよ、少し気を許して炭水化物とってしまうと長らく掛かって落としてきた体重がアッと言う間に戻してしまうと言うことである。
posted by がくさん7 at 20:58| Comment(0) | 天災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。